KUNOU



全てを否定して生きてきた。

夢も希望も否定して、自分自身も否定して生きてきた。

だから自身はこんなクズに育ったのだと思う。

今何がしたいのか?

何なら頑張れるのか?

心の声に耳を傾ける。

そこから聞こえてくるのは怠惰で自堕落な、

聞こえてはいけない声。

夢に向かう時間も、夢を追いかける希望も、夢に必死になる若さも、

いつの間にか失われた。

本気で夢を考えられる馬鹿だった頃が懐かしい。

頭はあの頃よりも良くなった。

でもそれ以上に何かが馬鹿になった。

今はただ本気になれる時間が欲しい。

刻一刻と失われていく時間と、本当にやりたい事が出来ない苦悩と、

一歩を踏み出す不安と、怠惰に溺れる現実と、

圧倒的に足りない情熱と、自分を信じる愚かさと、

全てが苦悩の中。

社会を知ったから自分が分かる。

私はクズだと認識する。

それでも、変わりたい。

足りないものがたくさんある。

変わる事は難しい。

何から始めるのかも分からない。

それでも、変わらなくてはいけない。

どんなにクズだろうと、妄言者だろうと、それが何だろうと誰だろうと変わらない。

踏み出した時、動き出す。

一寸先の闇は見えない。

そこをあえて走り出す勇気が欲しい。
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ムーンライト











月を買いました。

人生、反省、攻勢



新年も明けましてお願いします。

今年もよろしくやってます。

昨年は個人的に奮わない年でしたが、

今年もこのままだと奮わない1年になりそうです。



そして何となく反省文を書きます。



社会人になってみて、自分がどれほど無能な人間かを痛感した。

自分はまだやれる、俺はこんな人間じゃない、本気出せば出来る

なんて根拠もなく心のどこかで思って生きてきたけど、

実際は何も出来ない、何もしない、出来ない自分から逃げてるだけだ。

心の支えが自意識過剰なちっぽけな自尊心だと心底気付かされました。

そろそろアラサーを迎えようかという今頃になって、

そろそろ現実でも見てみるかと思う次第でございます。



このブログを始めた頃の高校生の自分がどれほど無駄で効率の悪い生き方をしていたかと

生きていて恥ずかしくなる日も少なくありません。

ただあるのは現実で、今で、リアルな現在だと思います。

そして未来の土台となるのも今で、今がクソならこれからもクソだという認識を、

改めて心に刻み込むべきだと感じます。

じゃあ、どうするのか。

変わる。

変わるしか無いのです。

後回しがそろそろ効かない人生だからこそ、

今を変える、そう誓わざるを得ない状況になっているんだと思います。

それもこれも全部土台が悪いから。

自分がアホなのも、惨めなのも、

全ては過去が今にある。

土台がダメなら、新しい土台を作ろう。

そこに新たな道を築いていこう。

今年はそんな年にします。


改めまして今年もよろしくお願いします。

情熱の出口の仮説

情熱の出口はどこだろう。

昨日まであった情熱が、朝起きると無くなっている。


あれをやろう、これをやろう、

あれがやってみたい、これをやってみたい、

ああしよう、こうしよう…

この段階は情熱の入口に「何か」が入り込んでて気力が充実している状態だ。


ああしてみようかな、こうしてみようかな、

あれが必要だ、あれをしてからが効率が良い、

まずはああやって、次にこうやって…

この段階は情熱に身を任せて計画できる楽しい状態だ。

その反面で、情熱の出口も開いていて、

面倒な気持ちとともに「何か」が抜けていく。


あれをしてからじゃないといけない、これから取りかからなくちゃ、

あれを使わなくちゃいけない、こうしなくちゃダメだ、

あれができたらこれを、あれもこれもやらなきゃいけない…

この段階になるともう面倒な気持ちでいっぱいになって、

ネガティブな思考でやる気が削がれる。

情熱は出口から抜けきってしまったのだ。


おそらく2段階目の計画を立てている状態の時点で睡眠が入ると寝てる間に脳が整理されて、

面倒ごとも整理されて、ネガティブな感情が植え付けられるのだろうと思う。



それを変えるには、思いついたら思いついた時点で引き下がれない所まで手を出す。

情熱の出口からやる気物質の何かが抜け切る前に行動に移す。

それは途中で終わる事になるかもしれない。

それでも構想だけ練ってあれこれ考えて、一歩も進まないよりはずっと良い。

本当は情熱を継続させられるのが1番いいのだけど…


情熱の出口は面倒なネガティブ発想だ。

情熱の入口が開いた時。

それは、その瞬間しかない爆発的原動力が発揮できる最良の時なのかもしれない。



p.s.

月一で更新する予定が忙しすぎて半分ブログの存在を忘れていました。

今月は2回更新目標ですね。頑張ろう。

命を繋ぐ重要性

命を繋ぐ、というのは何も子孫繁栄だとか、

世界平和だとか、後世へ残す偉大な事業だとか、

そんな、人間を駆り立てるためのくだらなくてご立派な話ではない。

命を繋ぐというのは、今日を、明日を、自分自身が生きる事だ。

命ある者はいつか死ぬ。

そのいつかはある日突然訪れるかもしれない。

明日かもしれない。

今日かもしれない。

1時間後なのかもしれない。

そのいつかに、自分自身は納得出来るだろうか?

例えば今がどうにもならなくて、追い詰められていて、

逃げ場が無くて、選択肢が無い時、

人は死を選ぶ事もあるかもしれない。

それも一つの納得だろう。

しかしもし、突然に奪われた命だったら、納得出来るだろうか?

俺は納得出来ない。

今日を生きるから明日も生きられる。

明日も生きるからやりたい事が出来る。

明日出来なくても明後日はやりたい事が出来る。

全ての土台が今だから、命を繋がなくてはやりたい事も出来ない。

やりたい事が出来なければ納得も出来ない。

人生の結論は納得だ。

自分が自分の死に納得出来た時、その時だけが死に際だ。

納得出来ないなら死ぬべきではない。

命を繋ぐ事は、死の納得を追求する上で、

当然行われなければならない行為なのだ。
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プロフィール

スカイメンソール

Author:スカイメンソール
スカイメンソールの生体

年齢:日当たりの悪いところに生息するヒト

趣味:キノコ採取、麻雀、釣り、歌う、アニメ、2ch、哲学、妄想、ゲーム、ギター、ダーツ、実況、アクアリウム

特技:鬱

好きな食べ物:キノコ、のど飴、御クスリ

キノコのようにじめじめしたところに生えているスカイメンソールです。

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